菅野智之が18.44m先から見抜く“狙い” 相棒と築く信頼関係、エ軍戦好投の背景【マイ・メジャー・ノート】

エンゼルス戦で渡米後最長の7回1/3を投げ1失点…今季4勝目
オリオールズの菅野智之投手が、連敗中のチームを鼓舞する安定感のある投球を披露した。5月9日(日本時間10日)の敵地エンゼルス戦で自己最長の7回1/3を投げ、3安打1失点5奪三振の内容。山本由伸投手(ドジャース)、千賀滉大投手(メッツ)に並ぶ日本人最多の4勝目を挙げ、チームの連敗を「5」で止める価値ある勝利に貢献した。
午後6時38分の試合開始時刻の気温は約30度。汗ばむ陽気となった敵地アナハイムのマウンドで、菅野はいつものようにボールに意思を込め、相手打線に立ち向かっていった。3者凡退で難なく切り抜けた初回の決め球はいずれもスプリット。3球で最初の三振を奪った2番ノーラン・シャヌエルは2球目のそれをヘルメットを飛ばして強振。相手の狙いにスプリットはなかったのか――水を向けると、菅野は歯切れよく返した。
「スプリットを振ってきてるというか、基本的にたぶん真っすぐを打ちたいバッターが多いと思うので、スプリットを打ちに来てるっていう感覚はなかったです」
であれば、ストレートの軌道を描きながら打者の手前で落ちる理想的な変化がイメージできる。しかし、4番から始まる2回はスプリットを封印。ここも3者凡退で終えるが、勝負球を含め投じた全11球で菅野は1球もスプリットは投げなかった。理由は、配球のパターン化を避ける捕手のリードにあった。
「ある程度、変化球をマークしてる中でキャッチャーのアドリー(ラッチマン)もうまく配球してくれて、いろんな引き出しがここ数登板できてるんで、今後につながっていくと思っています」
菅野の引き出しを上手く開けさせる相棒ラッチマンとの呼吸もいよいよ整ってきた。

「先に仕掛けるっていうのを目標に毎回マウンドに上がっています」
この日は、初勝利を挙げた4月5日(同6日)のロイヤルズ戦を上回る自己ベストのストライク率69.9%を記録した。これも捕手との共同作業で打者との主導権の握り合いをしっかりと制した結果だった。日本人初の捕手として2006年から09年までマリナーズでマスクをかぶった城島健司(現ソフトバンクのチーフ・ベースボール・オフィサー)は「野球はカウントのスポーツ」と言ったが、菅野は投手優位のカウントを多く作り終始自分の投球を展開した。
「今日で8試合目ですか? もうずっとそれを課題にというか、相手どうのこうのっていうよりも、先に仕掛けるっていうのを目標に毎回マウンドに上がっています」
得点を許さないための定石を踏む投球が見事だったが、反省点もあった。7回の先頭打者、3番のモンカダに初球のカーブを右翼線三塁打され、次打者の内野ゴロで得点を許した。打者の反応(空振、ファウル、ボールの見逃し方)がまったく分からない初球の入り方の難しさを再認識した菅野は、先のコメントの最後をこう結んでいる。
「(ストライク先行は)いい方向に結果に結び付いてると思います。でも、いずれかは狙われる時は来るので、そこら辺も考えながらやっていければいいなと思います」
今後は、打者の構えや打席での動きなどから察知する勘を最大限に動員してボール球の効用をさらに意識し、日本時代に培った勇気とテクニックに裏打ちされたもう一つの“制球力”でもリズムを作っていく。
試みた今までにない攻め…スイーパーに手応え「幅が出てきました」
エンゼルスのロン・ワシントン監督は試合前の囲みで菅野の攻略法を問われると「ビデオで分析は済んでいるがこの場で明かすつもりはない」と話し不敵な笑みを浮かべたが、その攻略法をかいくぐり凡打の山を築いた菅野は、移籍後に初めて試みた左打者への配球の組み立てをこの日の大きな収穫に挙げた。その象徴的な場面が、8回裏の先頭打者、レンヒーフォの打席だった。
「(内角に)カットいって、スイーパーでセカンドゴロを打たせて、左バッターに今までない攻めをできたので、そこら辺はほんとに良かったです」
同じ軌道でも横曲がりの変化の差を利用した。内角ストライクゾーンへの曲がり幅の小さな球(カットボール)でファウルを打たせると、直後には曲がり幅の大きな球(スイーパー)をより身体に近いボールゾーンへ投じスイングを誘った。これまでのゾーン高めのストレートや外角へのシンカーとスプリットで目線を遠くする決め球への組み立てに加えた新機軸。「ほんとにスイーパーが良くなって、幅が出てきました」。試行錯誤を繰り返したボールの握りをまさに“完全掌握”したことが下支えしたトライだった。
3勝目を挙げた4月28日(同29日)のヤンキース戦ではチームの連敗を「3」で止め「カードの頭に勝つとだいぶチームとしても戦いやすくなる。カードの頭っていうのは、それだけ僕の中で重要な試合」と話したが、今回はエンゼルスとのカード初戦を勝利に導き、ここまで今季ワーストの連敗を「5」で止める価値ある勝利を導いた。
菅野は「抜群の制球力で多彩な球種を操り緩急で打ち取る」と括られるが、投じる一球一球には経験値と感性そして鋭敏な観察力、洞察力、分析力から得た情報が絡み合っている。
上質な投球術でチーム全員の心を鷲掴みにした菅野の次回登板は15日(同16日)、本拠地でのツインズ戦に決まった。
○著者プロフィール
木崎英夫(きざき・ひでお)
1983年早大卒。1995年の野茂英雄の大リーグデビューから取材を続けるベースボールジャーナリスト。日刊スポーツや通信社の通信員を務め、2019年からFull-Countの現地記者として活動中。日本では電波媒体で11年間活動。その実績を生かし、2004年には年間最多安打記録を更新したイチローの偉業達成の瞬間を現地・シアトルからニッポン放送でライブ実況を果たす。元メジャーリーガーの大塚晶則氏の半生を描いた『約束のマウンド』(双葉社)では企画・構成を担当。東海大相模高野球部OB。
(Full-Count編集部)